自責で考えるということ3

f0142717_040570.jpg 自責という言葉が、どのように使われているか調べてみました。うつ病の症状の説明では「自責の念」という表現がつかわれ、なんでも自分が悪いと感じるという、自己否定の意味で使われています。あるブログでは世の中に自責で考える人と他責で考える人、またその両方を切り分けできる人がいるとし、自責の人は自己不信で主体性に欠けるとしています。Wikipediaでは、「自責点(じせきてん)」として、野球の試合において投手の責任とされる失点のこととされています。一方、他のブログでは「自責力」として、他責ではなく全てのことを「自責」と受け止め、自分で何ができるかを考えるキャパのレベルとしています。企業コンサルの場では、こちらの意味で使われていましたね。

 どうも自責という言葉は、自己否定という後ろ向きのイメージで使われる場合と、他責つまり環境や他者のせいにせず、自分の方でなにか対策を考えるという前向きの意味の両方で使われているようです。考えてみると大変おもしろい現象です。

 さて、このように「自責」という言葉には、いろいろな意味があることが分かりました。状況によってどちらの意味で言っているかが明白な場合は問題ありませんが、不明確な場合には、どちらの意味で言っているのかを説明しないと誤解を生じます。とくにパーソナルコーチングの場では、クライアントさんのバックグラウンドや反応などをよく観察しながら使わないと、期待とは逆の効果を生じさせます。それを避けるには、「私が今からつかう『自責に考える』とは、こういう意味で使います。」という断りを一言いれる必要があります。私はやはり「自責で考える」というフレーズがしっくり来ますので、こういう断りを入れながら使っていくつもりです。
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by atanabe-coach | 2007-06-27 00:41
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