11月11日に、北九州市社会福祉協議会ボランティア大学校様と市民センターが連携して開催している「地域支援ボランティア研修」の中で「自分で描く自分のページ」というセミナーを担当させていただきました。参加者のモチベーションアップを狙ったものであったため、そのような内容の話とワークを進め、今まで蓄積してきたものを今後は地域社会に恩返しをして役立てよう、といった話をさせていただいたのです。そして最後にニックブイチッチさんのインターネット動画で締めくくりました。何度見てもこの動画には大きなインパクトがあります。このときも大いに感動をもらいました。



 実は3ヶ月ほど前、彼のYou Tube動画を初めて見て、私は大変大きな衝撃を受けました。彼は生まれつき手足がなく、絶望に襲われながらもしっかり学問を修め、現在は動画にあるような活動をしています。この使命感の偉大さはすばらしい、これはぜひ周りの人たちにお伝えしなければならいと思い、そのとき以来、研修の中でご紹介しようと思っていたのです。

 なぜなら、私はいくつかの研修の中で、NLPでいうニューロロジカルレベル(学びと気づきの階層モデル)の話をよくするのですが、そこでは自分を越えた目的を持つと人間大いに頑張れるということを強調してきました。ニックブイチッチさんの動画はそのことを、私のスケールを越えて訴えてくれているものだったからです。そしてそのとき以来、ニックブイチッチさんは世界で最も使命感に燃えている人として、ずっと私の心に刻まれているのです。


 ところがもう一人そんな方を心に刻む出来事がありました。


 11月14日から1泊で、所属している勉強会の研修旅行で長崎に、14日は原爆資料館を平和案内人というボランティアの方々の説明で回り、15日に被爆者の方の体験講話をいただいたのです。原爆資料館ではその悲惨さの説明をいただきましたが、展示の中で背中一面を熱線で焼かれてただれた16歳の少年のうつ伏せ姿の写真がありました。とても印象に残る写真でした。

 そして15日の被爆者体験講話には、なんとその写真のご本人、谷口稜曄(たにぐち・すみてる)さん においでいただけたのです。80歳になられる谷口さんはお歳のせいか、言葉が若干明瞭ではないところがありましたが、体験者にしか語れない、いろんなご苦労をお話してくださいました。それはもう私なんかがこんなところに記載するのもおこがましく感じられるほど、生々しくビシビシと私の心に伝わってきました。肉体的苦痛に死んだほうがいいと何度も思ったのだそうです。内容をよく紹介したブログがありましたのでリンクを載せておきます。http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/archive/2009/8/9

 戦後64年たった今でもお体が痛み、治療を続けられていて、背中を圧迫すると痛むので、イスにも寄りかかることができないということでした。そんなお体で年間300回も講演され、海外にも出かけられているのです。決して楽なことではないでしょう、核兵器の悲惨さと核廃絶を訴えていくという使命感で動いておられるのだろうと思います。



 ニックブイチッチさん谷口稜曄さん、ご自身を越えたものに対して「使命感」を持って活動されているこのお二人は、まさしく「命」を「使って」、命を輝かせておられると思います。そのような方の話やビデオ自体が、人々に勇気を与えます。頭が下がります。私もその何分の一かでも、世の中のお役に立ちたいものだ思いました。お二人の存在に感謝します。
[PR]
by atanabe-coach | 2009-11-15 23:27
 昨年12月29日の記事「会議にエバリュエーションプランを設定する」に引き続き、エバリュエーションプランについて書いてみます。我ながらよほどこだわりがあるんだなと思っています。

 企画書には、目的とかネライとか書いた欄が必ずありますよね。この欄、どのように見ていますか? 筆者がずっと若いときは次のように思っていました。「こんなのは「飾り」じゃないか、重要なのは中身だよ、しかし書類の最初の方にあるし、大切そうに見えるので、何か書かないとまずいだろう、めんどくせーなあ。」と思いながら、ちょっと気取った言葉を使って文章を埋めていました。以前いた会社でも、この部分自体にはあまりふれることをせず、すぐ中身の議論をしていたように思い出されます。でも、目的ってほんとに大切なのだな、と次第に思うようになりました。なぜなら、目的をはずしてしまうと、どんなに精魂こめて検討して作成した企画も、意味を成さないからです。考えれば当たり前のことです。

 ちなみに筆者は15年ほど前(ずっと昔だあ)に、VE(価値工学)とか、日比野省三氏の「企画計画実行の法則」を勉強して目的志向に傾倒した時期がありました。それ以後、物事を計画する時には、「目的」を大切にはしてきました。しかし、それでもなお、高尚な言葉でカッコつけた文章を書く自分がいたことを否めません。そんな目的は意味を成さないと思うのですが、社内文書などで目的を記入するフォームがある場合は、あまり砕けた表現もできないので、そうなっていたように今は思います。

 そのような中で出会ったのが「エバリュエーションプラン」という言葉なのです。エバリュエーションプランでは、それが終わって、誰がどうなっていたらいいのか(どういう状態か、どういう行動か)を自分で考えて文章にして見ます。それを関係者と共有します。具体的な言葉で平易に書き表すので、却って内容を練り上げるために威力を発揮します。

 ちょっと事例をご紹介しましょう。最近、新入社員向けの研修の内いくつかのコマの企画を作成しました。たとえば「論理的話法」というコマでは、従来は目的として、「新入社員がビジネスにおける話の仕方を学び、論理的話法についての知識を得る」といったものにしていました。(さすがに2時間程度の研修で論理的に話せることは目的にしていませんでした。) この目的はこれいいのでしょうが、ではこの研修が終わった時に、彼らがどういう状態になったらいいのか、ここを徹底的に考え、エバリュエーションプランを設定したのです。その結果、それは「彼らが、話を始める前に、(何を話すのか、誰に話すのか、何のため話すのかを)整理するプロセスが加わるようになる。」としたのです。

 「論理的話法」いうと普通はロジカルシンキングに代表されるようなスキルが中心になると思います。そのことは確かに重要な考え方であり、スキルといえます。トレーニングも必要です。しかし、そのスキルを駆使する前に、これから話す目的は、アイデアを採用してもらうためなのか、相談するためなのか、単なる報告なのか等、自分はこれから何のために話すのかがまず重要です。そしてそれは誰(どんなことを知っているのか、どんな考え方をする人か)にするのか、これらをまず整理することが必要になるのです。中には部分的に自明なものもありますが、まずここから考えることによって、どのように話すのか、つまりどんなスキルを使うのかが選択できるようになるのです。

 こんな議論をして、今度の「論理的話法」の研修は、話す「目的」「相手」「内容」をまず整理することの重要性を体感する内容を盛り込んだものにしたのでした。それまでは「どのように話すか」つまりスキル一辺倒だったのが、もっと腹に落ちるものになった気がします。

 エバリュエーションプランは目的に心を与えます。 
[PR]
by atanabe-coach | 2009-01-28 00:03
f0142717_10385775.jpg

 昨日はおもしろい体験をしました。
午前中に、自分が講師となってミニセミナーの開催。それに引き続き午後から、福岡のコンサル会社主催の講師紹介プレゼンセミナー(つまり顧客としての各企業の人事担当者向けに、その会社が企画する研修のさわりを披露し、講師を紹介する無料セミナー)で2人の講師の方の話を聞かせていただきました。つまり自分を含めて3人の研修のしかたを比べることができたのです。

 研修の効果は大きく2つの要素によって決まります。1つはもちろん研修の内容・構成そのもの(つまり企画)の質です。研修開催の目的を与えられた時間の中で達成するものであること、参加者に気づきを与えて、その後に行動変化を与えられるものであることが要求されます。もう一つは講師の質です。参加者の心を引きつけ、心の鎧をはぎとり、素直に聞く気にさせるというスキルが求められます。企画の質と講師の質がよく、両者がかみ合って、講師と参加者、参加者同士の心が融合して効果的な研修が実現します。

 この日はプレゼンセミナーということで、お二人の方が1時間と2時間の枠内で、ご自分が企画する研修の中身の紹介を、ご自分のキャラを出しながらプレゼンされておりました。つまりは売り込みのプレゼンですので気合も入っているでしょうし、短い時間枠であるからこそ、特徴が凝縮されていたように思われました。また開始時のアイスブレーク、聴衆の心を一瞬にひきつけるトーク、時流に乗った話題、ちょっとしたゲームや薀蓄、声のトーンやボディランゲージ、これらを織り交ぜながら、それぞれに味を出されておられました。たいへん参考になりました。

 さて、午前中に自分が開催したミニセミナーですが、自分としては満足いくものではありませんでした。最初のアイスブレークがうまくできず、場の盛り上げが不十分であったことが、その後の進行のスムーズさに影響したように思います。そしてその原因は心の準備が足りなかったことであると考えています。筆者の過去のうまく行ったプレゼンを思い出してみると、ある共通点があります。それは事前に心の中でプレゼンのシミュレーションをしっかり行うことにより、うまく行っているイメージを作り上げ、イメージを焼き付けておくことができていたということです。今回はここがないがしろになってしまいました。

 最初のツカミがしっかり出来て、参加者の皆様とアイコンタクトができ、興味をもっていただいたことが顔に読み取れる、こんな状態になったら、あとはスムーズに行くことでしょう。そして乗ってくればその場の状況次第で後はどのようにもこなせるものと思います。最初のツカミの重要さをはじめ、いろいろと勉強になった1日でした。

[昨日の講師のご紹介]

ブルーオーシャンコンサルティング 佐藤克行氏
福岡で、営業のしくみつくり+残業削減により利益向上を実現するコンサルを提供されています。仙台出身ながら、博多山笠にほれ込んで、勤めていた大手商社を辞めて博多に居ついたという熱血人。御名刺にも、山笠を担ぐ写真が載っています。穏やかでかつ論理的な語り口が、話の納得性を高めます。ロジカルシンキング研修をご紹介くださいました。

つくばビジネスサポート 徳田太郎氏
茨城でファシリテーションの普及・研修・指導をなさっており、全国を飛び回っておられます。日本ファシリテーション協会の事務局長もなさっています。さすがファシリテーションの専門家だけあって、場の盛り上げ方がすばらしい。もちろんファシリテーション研修のご紹介をしていただきました。

たいへんお世話になりました、この場を借りてお礼申し上げます。また更なるご活躍とご発展を祈ります。


------------------------------------------------------
冒頭の写真:山口県相島沖の水中から見る太陽。もう明日から10月です。南の海でダイビングにはまっていた筆者にはつらい季節に入っていきます。
[PR]
by atanabe-coach | 2008-09-30 10:51
f0142717_013465.jpg

 人材育成のための研修でのテーマの大きなものに、「チーム力アップ」、「職場のコミュニケーションの改善」、「自主的な行動」、「報連相」などがあります。このような研修では、いわゆる座学とよばれる講義一辺倒の内容では到底効果がでません。なぜならば、伝えるべき内容は、文字にしてしまえば、至極あたりまえのことであり、参加者に驚きも感動もなにも与えず、ただただ睡魔がおそうだけとなるからです。時には、すばらしい事例のお話でで、感動を聞き手に与える講師もいらっしゃいますが、それも聞くだけであれば、「ああ、いい話だった」で終わるでしょう。

 というわけで、このような研修では、グループによる演習やディスカッションを取り入れたり、グループで作業をしたりする中から、参加者に気づきを得てもらうような仕掛けを取り入れるケースが多くあります。そのような仕掛けの一つに「教育訓練ゲーム」というものがあります。これは、参加者でグループを作ってもらい、皆で協力してあることをうまく成し遂げる、つまり時間内に目的の状態をつくる、という作業をやってもらうものです。

 いくつかのゲームネタはすでに使っておりましたが、その拡充のため、先日ネタ仕入れにいってまいりました。ある団体が福岡で開催したゲームトレーナーのための研修です。結論をいうと満足度は100点に近かったのです。この研修で体験したのは5つのゲームですが、どれも言葉で100回聞くより、このゲームを1回経験することによる気づきは大きいと感じました。

 コミュニケーションのとり方がかなり制限される中で、必死に他のメンバーと情報交換を行い、目的を探し・理解し、それに向かって進めていく、一方で制限時間がせまってきて、あせりがでる、そのような中で使命を遂行する、そしてなんとか完成。・・・緊張と集中と、その後の達成感、心地よい疲労を他のメンバーと共有しました。これによってメンバー同士が一体感で結ばれる効果は大きいと感じました。

 ゲームを行うことによっての気づきは次のような点に集約されました。
  集団におけるパフォーマンスをあげるには
   ・目的を明確にして、全員で共有すること
   ・情報をスムーズに流すこと
   ・全体を俯瞰して、指示できるリーダーが存在していること
   ・一方で全員が自主的に行動すること
など。

 筆者は、新入社員、現場リーダー層、管理者層などを対象とした研修に関わっていますが、それらへの採用をぜひ検討して行きたいと思います。

 それにしても、これらの教育訓練ゲーム、よくよく考えられています。このようなゲームの考案には相当なセンスが必要でしょう。この団体が取り扱っている一連のゲームの作者は、すでに亡くなったということですが、ビジネスシーンでなくても、人と人をつなぐ絆の重要性に気づく、もっともっといろんなゲームを開発していただきたかったものだと思いました。

 なお、今回の研修で、九州・中国の数社の人事担当の方々との絆ができたのは、思いがけない収穫でした。何かを一緒にやるということは、人の心を結ぶものですね。

--------------------------------------------------------------------
最初の写真:8月23日に行った長崎 辰ノ口でのダイビングにて。ミドリイシサンゴに群れるソラスズメダイ
[PR]
by atanabe-coach | 2008-09-03 00:11

f0142717_19412376.jpg
 前回に引き続いて、最近、研修の仕事の中で出会った言葉について書いて見てみます。


 筆者の最近のテーマの一つに、企業で働く皆さんが、いかにやりがいをもってイキイキと仕事をすることができるかということがあります。そのための条件として、たとえば、
 ①担当している仕事の目的や目標を理解していること。
 ②その仕事をすることによって自分が何を得ることができるのかが理解できていること。
 ③自分のやりたいこと、実現したいことが、仕事の方向や目標に重なっていること。
 ④目標を細分化して、細分目標の達成を積み重ねる実感を得ることができること。
 ⑤進捗や達成状況を承認してくれる周囲の目があること。
などがあるでしょう。

 さて、人が物事を行う時に発揮する力は、次のようになっているそうです。
 1.「いやいや」やった時の力=1
 2.「やらねばならぬ」と納得してやった時の力=1.6
 3.「やりたい」と思ってやったときに発揮される力=1.6の2乗

 ①~⑤の条件が整うということは、「やりたい」と思って仕事をやっている状況でしょうから、仕事の質やスピードも上がります。苦しいことも耐えることができるでしょう。そしてその結果として仕事を楽しむことができているといえるでしょう。

 このような状況をうまく表現する言葉はないものかと考えている中、外部招聘講師による研修で、「まさしくこれだ!」と思う2つの言葉がありました。その2つの言葉とは・・・


■公私融合
これは、「公私混同」の対極にある言葉です。「公私混同」とは、「はてなダイアリー」によると「私的な利益を図る為に公式な権限を濫用する事。パブリックなことに私的な思惑や利害を持ち込んで、けじめがないこと。」とされていまいます。公的なことには私的なことを持ち込んではいけないということが、日本人の規範となっており、私たちはずっとそのような規範の中で育てられてきました。規範にそむくことを戒める言葉です。
一方「公私融合」とは、パブリックなことや仕事の中に私を積極的に持ち込んで一緒くたにしてやっていこうというものです。つまり、自分自身の目的・目標やゴールを、仕事の目的・目標に重ね合わせて、仕事をやりながら同時に自分の目標達成もやってしまう、まさに上記の①~③の実現した状況といえます。

■活私貢献
こちらは、「滅私奉公」の対極です。同様に「はてなダイアリー」によると「滅私奉公」とは「私心を捨てて公のために尽くすこと。(大辞林)」とあります。これはさすがに今では口にする人はいないと思われる古い価値観ですが、言葉としてはまだ時々耳にすることはあります。
一方「活私貢献」とは、自分の志を活かしながら、パブリックなことや仕事に貢献する、自分と仕事を両立させ、相乗効果をも出してしまういう意味でしょう。


 これらは辞書にも載っていない造語なので、意味合いは筆者の個人的理解ですが、一目見てこのように理解した次第です。「公私混同」という「私」を出しすぎたマイナスイメージの言葉との反対語として考案された「公私融合」。「滅私奉公」という「私」を殺した(一昔前の表現ではありますが)道徳的な言葉の発展した形としての「活私貢献」。出発したところが異なるのに、考案された造語がともに似通った意味合いになっているのが興味深いところです。

公私融合」と「活私貢献」いい響きです。積極的に使って行こうと思います。


---------------------------------------------------------
写真は以下のサイトより引用させていただきました。
「2000ピクセル以上のフリー写真素材集」


腰痛の養生のためにオリンピック鑑賞三昧で過ごしたお盆休みも今日で終わりです。(腰痛自体はうわさの整骨院の治療で痛みは早くから取れておりましたが、用心のため普段に比べてはじっとしておりました。)
[PR]
by atanabe-coach | 2008-08-17 19:48

f0142717_1451284.jpg

 最近、私の新職場で人材育成の研修の仕事に携わっている中で、いくつかのすばらしい言葉がありました。今回と次回はこれらについて書いてみます。

 まずは、よく目にする言葉ではありますが、「自律」です。普通は「自立」と書くことが多いと思いますが、我々の研修では「自律人材」になることを求めています。見ていると講師側も受講者側もその意味が分かっていることが前提で研修が進んでいますが、「自立」と「自律」の違いはなにかはっきりさせておく必要があると思い、あらためて調べてみました。


自立
他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。
自律
他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること。

<以上、大辞泉より>

「自立」に加えて、自分自身で「規範」を持っているということがポイントでしょうか。でももう少し研修の意図に沿った説明はないかなと、さらに調べてみますと・・・ありました。

自立人材
自分の意見を持ち、自己の意見を主張できる人材であるが、それは個人の単なる自己主張・満足で終わってしまう状態と考える。
自律人材
他者のニーズを把握し、それとの調整をはかりながら、自分自身の行動のコントロールを行い、自らを律しながら、自己実現を図ることのできる人材

<以上、『一橋ビジネスレビュー 2003年夏号.SUM.(51巻1号)~キャリア自律の新展開』より>

これですね。「他者のニーズとの調整」、「自分自身の行動のコントロール」、「自己実現」、このようなキーワードが欲しかった。

筆者の関係する新入社員研修の中では、「自主性」とか「行動」なども主催者側からは求めているように思えます。主催者側としてここは明確に押さえておく必要がありそうです。

 いままで、研修の中では「自律人間になれ」といっていましたが、よく考えてみるとそれがどんなことなのかは、各人の頭の中にしかありませんでした。それぞれで違ったイメージをもっていたかもしれません。「自律人材」とはどういう人材なのか、これを受講者に議論してもらい、それを言語化してもらうと、ぐっと肚に落ち、意欲や行動につながりやすくなるでしょう。今後の改善点だと思いました。


-------------------------------------------------------------------

<写真の説明>フジイロウミウシのペア。7月20日に行った山口県青海島でのダイビングでの写真です。様々な色・模様の種類がいるウミウシは海の宝石です。
8月10日にもダイビングに行く予定にしていましたが、腰痛となって断念しました。現在静養中です。

[PR]
by atanabe-coach | 2008-08-14 15:08
←menu